誰にでもやって来る「お別れの時」

今時の世相を反映してか、最近はそれほど形式ばらない自由な雰囲気のお葬式が好まれているようです。
流行りというとちょっとおかしな言い方かもしれませんが、いわゆる「家族葬」などといった内輪のごく親しい人たちだけでとり行われる小規模なお葬式も多くなっているとのことです。
それはそれで良いことだと思います。
ひと昔前に多かったお金をかけてとり行われる大がかりなものが必ずしも悪いというわけではありません。
ですが、やはり何よりも大事なことは見送る人たちと逝く人、それぞれの「心」がそこに感じられるかどうかではないでしょうか。
いたずらにお金をかけたからといって「心」のこもったものになるとは限らないのは言うまでもないことです。
世間体のためにお葬式を立派に見せることが故人のためでしょうか。
「お別れの時」に儀式は必要ないと考える人すらいるそうです。
極端かもしれませんが、形ばかりにこだわりたくないという気持ちはよくわかります。
そして、この世との「お別れの時」は、平等に、本当に平等にいつかは誰にでもやってくるものです。
もしもの時に少しでもあわてないために、普段から避けずに考えておくことも重要なことと思われます。